忍術教本 忍びの秘伝 31

本書は忍術がどういうものかを知りたい忍術初心者や忍者ファンに最適だと思います。テレビや漫画では超人のように描かれていることが多いですが、実際の忍者は徹底した現実主義者だということが読めばわかると思います。

そもそも、アニメなどで忍者が星形の手裏剣を投げている場面が良く見られますが、現実の忍者が敵地の奥深くに潜入する時にわかりやすい手裏剣なんか持っていたら、一発で忍者だと見破られてしまいます。

著者によれば、日常生活に使用する道具を武器にしたり忍び込む道具に転用した知恵こそが忍術だと言っています。特殊な形をした手裏剣などの忍器ではなく、当時の旅人や一般人が当たり前のように所持していた針、縄、釘などを武器や道具として使用していたという事です。

ただし、「忍術教本」と言う題名ですが、本書だけで忍術の訓練の仕方などを詳しく学ぶことはできません。著者は本物の忍者とのことですので、多分わかって書いていると思うのですが、あくまで忍術紹介本+動画という感じです。

例えば、忍者になるための心構えや全体を通した基本訓練などの説明は一切されていません。最初から具体的な術のお話から始まります。空手などの格闘技で言えば、訓練の仕方や型の基本を学ぶ前にいきなり回し蹴りの説明から入るようなものです。

本書は3パートに分かれています。

第1部:忍術の不思議

ここでは、誰でも知っている分身の術や手裏剣術などに関して、その由来や術の使い方などを説明しています。

よく映画やアニメでは忍者が刀で戦ったり手裏剣を投げる光景を目にしますから、忍者は暗殺などの戦闘術が主だと感じられますが、実際の忍者は戦いだけではなく様々な分野に精通していたことがわかります。

「登術」は現代で言えばロッククライミングに相当する技術でありますし、「侵入術」は特殊部隊や泥棒、「火術」は銃や爆弾、「盗聴術」は情報収集などのスパイ、「針術」は鍼灸、「用心の術」はセキュリティ、「薬学」は薬草や漢方、「天文学」は時計や気象予報、「走法」はマラソンのようなものと言えます。それとここでは書かれていませんが、忍者は農業や建築に関する知識も有していたはずです。

ですから現代の感覚で言えば、忍者は格闘家であり、農家であり、建築家であり、登山家であり、兵士であり、泥棒であり、スパイであり、医者であり、セキュリティーガードであり、気象予報士であり、マラソン選手であります。さすがに一人ですべての技術を完全に習得できたとは思いませんが、少なくとも忍者の役割によって必要な技術を複数習得していたはずです。万屋みたいなものだと私は思っています。

武士は刀の時代から銃の時代に移行するにつれて衰退していきましたが、忍者はその多才な知識や技能により時代が変わっても薬売りや修験者や飛脚になることで生計を立てることが出来ました。本書では書かれていませんが、火術の得意な忍者は後に花火職人になった人もいるかもしれません。

まさに私が百姓になることに拘っている理由が、忍者にも当てはまります。百姓と忍者では生き方や考え方などに共通性があります。さらに、忍者の忍び装束は基本的に農民が着るような野良着にほっかぶりの覆面ですから、百姓の中には忍者を兼業していた人もいるかもしれません。

実際、忍者の武器の中には農家が普通に使うような草刈り鎌や五徳を細工して作った金輪などがありますから、案外的外れとも思えません。過去秀吉が刀狩を行った例がありますから、百姓(忍者)もいざという時は農機具などでも戦えるように訓練したのでしょう。もしかしたら、過去の百姓一揆には忍者も関わっていたケースがあるかもしれません。

忍者は情報操作や情報工作のプロフェッショナル:
それと、忍者は情報収集や情報操作のプロフェッショナルでもあります。もし忍術の心得のある人が日本に多ければ、戦後行われてきた様々な情報操作にも惑わされずに来れたのではないか、という思いがあります。空手、柔道、剣道なども良いのですが、同時に日本人は忍者からも学ぶことが多いような気がしています。

尚、本パートで説明されている術のいくつかには、ネットでその実際を動画で見ることができます。忍者の手裏剣の投げ方や高い所への登り方などを映像で見られるので貴重だと思います。

第2部:忍者の源流

ここではなぜ忍者の身分が低いのか、修験道と忍術の関係、伊賀忍術甲賀忍術の起源などを説明しています。

例えば、忍者が日本で不当に貶められたのは江戸時代に入ってからの事だそうです。現代でも忍者に対する差別の影響が残っているらしく、伊賀地方では忍者のイメージが良くないそうです。

下剋上が当たり前だった戦国時代を勝ち抜いたきた人たちが、自らの寝首をかかれないために、暗殺や情報工作などの影働きをする忍者を貶め、その代りに、正々堂々と戦ったり敵の裏をかく行為を恥ずかしいものとする武士道を広めたという理屈は納得できるものがあります。武士道精神は権力者にとっては都合が良かったのかもしれません。

この忍者に対する差別意識が、日本人の忍術に対する認識や興味を薄れさせたのではないかと思っています。オーストラリアに滞在していた頃、あるネイティブが私に忍術を習っていると話しました。私が日本人であるという事でいろいろ忍者に関して質問されたのですが、当時の私は忍術に対してまったく知識を持っていませんでしたから、曖昧にしか答えられなかったことを覚えています。情けない話です。

元々中国から伝来した忍術(仙術)を、日本人が技術を昇華させたり世に広めたのに、現代の日本人がその価値を理解できずに廃らせてしまうのですから、個人的には悲しく感じます。多分、忍者の精神や技術は今後外国人によって受け継がれていくと私は思います。

忍術のバイブルとも呼ばれる、「正忍記」や「忍秘伝」などの現代語訳版を私は購入したいと思ったのですが、中々お手軽な価格では売っていませんでした。一方、海外ではそれらの翻訳版が安く売られています。日本と海外では忍者に対する意識もその取り組み方も根本から異なっています。

第3部:忍者伝説人物録

ここの内容は、率直に言ってよろずはあまり興味が持てませんでした。過去の誰が忍者だったかを解き明かすよりも、「忍術教本」なのですから、基礎訓練の説明などにもっとページ数を充てて欲しかったです。

まとめ:

忍術の概要を知りたい方には本書が最適です。ただし、本格的に忍者になりたい人には情報が不十分です。忍者は一般の人が考えているようなイメージと現実がかけ離れていますが、そのために忍者を現実離れした存在として取っ付き難くさせる原因になっているかもしれません。

実際の忍者は総合的な知識や技能を持った集団でもあります。時代が変わって忍者としての本来の仕事がなくなっても、彼らは他の生業で生きていくことができました。

それと、忍者と百姓は似ている部分があります。百姓を隠れ蓑にしていた忍者も存在したはずです。その根拠として、忍者の忍び装束は畑仕事用の野良着ですし、武器の中にも畑仕事に使用するような草刈り鎌や、日常生活で使用するような五徳を加工した金輪などが存在しています。

忍者に対する不当な差別は、百姓に対する差別と似ていると思います。忍者にしても百姓にしても共通することは、彼らは権力に依存しなくても自分達だけで生きていける能力があるという事です。時の権力者から見れば、自分たちに従わない彼らを疎ましく思ったのかもしれません。

現代は「農家」という職業はあっても「百姓」と言う職業は存在しません。同じように「空手家」や「柔道家」という肩書は存在しても、「忍者家」という肩書はありません。他に、現代社会の教育や学問の基礎を作ったと思われる福沢諭吉(1万円札に登場する位ですし)の「学問のすすめ」の中では、百姓を貶めるような記述があったように記憶しています。

いろいろ考えさせてくれるきっかけを作ってくれたので、個人的には5つ星でも良いと思ったのですが、あくまで本書は「忍術教本」というタイトルですから、教本としては4つ星が妥当かと思います。

リンク

本の詳細・他の方の感想・購入に興味のある方は、こちらをクリックしてください。