百姓という生き方-現在と今後の日本について

いろんな考察

日本

今回はなぜ私がいろいろ学んでいるのかについて、少し突っ込んで話したいと思います。

様々な分野を学んで幅広い知識を得たところで、人によっては割の合わない努力をしていると思われるかもしれません。しかしそれは百も承知の上で、あくまで自分のために私は学んでいます。では、なぜ総合的に学ぶことが自分の為になるのか?というお話をちょっとします。

お知らせ:
本記事は、よろずが2013年8月から半年間完全にひきこもって学問求道に入る直前に書かれたものです。したがって、迷っている当時の心境が文章中にも表れており、見苦しい点もあるかと思いますがご了承ください。

福島の原発事故について

ご存じの通り、2011年の3月11日に東日本大震災が起きました。サイト上で震災のことや学ぶ動機についていろいろ書いてきましたが、原発事故の話題に関しては極力避けてきたつもりです。あまり余計な不安を煽りたくないこともあったからですが、2012年に某巨大掲示板で自分の考えを一通り書いてしまったので、これ以上話すことがないという理由もありました。

個人的に現在は原発事故について不安にも感じませんし気にも留めていません。それは事故がなかったこととして扱っているからではなく、もうこれ以上考えても無駄だと思うからです。自分が現在やれることをやるしかない、というのが現在の正直な心境です。

今でも原発関連のニュースがたびたび耳に入りますが、このような状況が今後少なくとも何十年と続く可能性があります。一々その情報に敏感に反応していたのでは疲れてしまいますし、かと言って事故の存在を無視して生活していくのは、現に問題が存在している以上大きな誤りだと思います。

1.レベル7の原発事故が起きたという現実

世間は2011年に起きた福島の原発事故を、過去の悲しい出来事として忘れ去ろうとしているようにも見えます。しかし、放射能という目に見えない存在がそれを許さないはずです。国際原子力事象評価尺度(INES)によれば、福島での事故をレベル7「深刻な事故」と定義しています。ここで気になるのが「深刻」とは何を指しているのかということで、今の所私たちはいつも通りに暮らしていますが、本当に深刻じゃないなら余計なデマや誤解を蔓延させないためにも直ちにレベルを下げるべきだと思います。

2.見えない原発事故の被害者

たまに原発事故による被害者はいないという人もいますが、それは大きな間違いで、現に私が知っているだけでも原発事故が起きて数か月後にある野菜農家の方が自殺しました。その農家は安全な野菜作りに拘っていたそうですから、自分の畑が放射能に汚染されてしまった絶望感は、想像を絶するものだったはずです。

他にも自然農法で野菜や作物を作っていた多くの方が、事故以後農業を止めたという話も聞いたことがあります。こちらはニュースではやっていないはずです。世間に流れる情報だけが全てではなく、実際多くの人が原発事故の影響を直接的又は間接的に受けています。

よろずも例外ではなく、日本に帰国してからガラス細工師として修行していましたが、その道をきっぱりあきらめたのも長期間に渡る放射能の影響がどこまで広がるのか未知数だったからです。ガラス細工の技術は生きるのに必須のスキルではありませんし、それに商売として成り立たせるためには、最低限世の中が平和で安定していることが大前提だと私は考えていました。世の中が不安定になれば、人々はまず食料や燃料など生きるために必要な物にお金を使います。ガラス細工のような工芸品を買わなくても人は生きていけるわけで、その現実から目を逸らすわけにはいきませんでした。

3.今後考えられる放射能の影響

福島第一原発に程近い海で最近1リットル当たり1000ベクレルの放射性物質濃度が検出されました。他に敷地内の観測用井戸からは高濃度の放射性物質がたびたび検出されています。

このことから、日本近海の海域は段々と放射能の汚染が広がっている可能性があります。放射能は目に見えませんし痛くも痒くもありません。さらに困ったことに、数年程度の短期間で消えてなくなってくれる物質でもありませんから、たとえ目に見えなくても少しづつ影響が広がっていると考えた方が良いと思います。問題は今後どれ程放射能汚染が広がるかですが、予測もできません。事故から2年以上経過してもまだ普通にニュースになる所を見ると、現状原発事故の収束は全くしていないということは確かだと思います。

一刻も早く福島の原発を封じ込める必要がありますが、地下水から海に漏れ出ている部分などは本当に封じ込めることが出来るんでしょうか?今更ながら海岸沿いに原発を作った設計者の考えが理解できません。仮に封じ込めることが可能だとしても、そのための工事の規模の大きさを考えると天文学的な費用がかかりそうです。当然一回作って終わりではなく、何十年と施設を維持しなければなりませんから維持費もかかります。

4.明るい未来が見通せない現実

ネット上で原発関連の定番の話題として、原発の是非(必要か不要か)の議論があります。しかし、仮に原発を全廃した所で人間そのものが変わったわけではないですから、また似たような過ちを繰り返すと思います。ですから、個人的に原発に賛成とか反対とかの些細なことに興味はありません。日本は民主主義なんですから、皆が必要だと思えばこのまま続ければいいし、いらなければ止めればいいだけだと思います。

原発事故が起きた元の原因を突き詰めていくと、人の欲が制御できなかったことに尽きます。今後、原発に限らず起こるであろう悲惨な事故(例えば、遺伝子操作や人工知能技術の発展による)を回避するためにはどうすれば良いのかしばらく悩みました。私の悩みは大抵周りには理解されない類のものですが、多分悩む人が少ないからこそ事故が止められなかったんだと思います。原発に限らず今後悲惨な大事故を少なくしていくのであれば、問題の本質は原発を止めるかどうかの議論にはありません。

私の本心を言えば、このままの状態では人の未来に希望はないと感じます。最終的に全てが無に収束するのは自然の理ですが、人自らが自発的に自滅に向かって全てを無にしてしまうのは虚しいことだと思います。

自然農法の福岡正信さんが人の知恵を否定された意味も多分そこらへんにあるのではと感じます。人が救われるためには、結局知恵を捨てるしかないのかもしれません。でもそんなことしたくありませんから、いろんな本を読んで知識を蓄えつつ、自分の考えも交えながら答えを探しているんですが、未だに確信できる答えは見つかっていません。

「答えが見つからない」とは人間が自らの知恵で自滅せずに、自然の時の流れの中でゆっくりと無に帰する生き方ができるのかどうか?ということです。ちなみに、私個人は百姓として学びに生きるという答えを出していますから、特に悩んでいるわけではありません。

日本の経済危機

原発事故に限らず、想像を超えるような想定外の事態はしばしば起きます。日本が抱える1000兆円の借金、増え続ける医療費、貧富の差の拡大、そして少子高齢化など混乱に陥る要因はたくさん考えられます。生活保護などの社会保障費を減らした所で焼け石に水なのはわかりきっていることで、お金で問題解決を図れる時期は当に過ぎています。要は問題を自ら作った日本人の自業自得なわけですけれど、いざ危機が起きると自分の非を認めずに政治家や弱者に全ての責任を押し付ける人達が意外と多いのが気に懸ります。際限のない経済競争によって弱者の存在を自ら生み出しておきながら、社会が混乱したり財政難が続くと、すぐ弱者が原因だとして、一方的に締め付けようとする主張が当たり前のように出てきます。

経済危機の問題は投資と考え方が同じで、実際危機が到来する時には、おそらく多くの人が想像もしていない時に突然到来するでしょう。例えば経済が崩壊するとしたら、お金持ちや権力者の方はその兆候を前もって知っているわけですから、一回景気を人為的に持ち上げておいて、彼らの建て玉を一通り処分してから、本格的な経済崩壊が始まる可能性が高いのではないかと思われます。この場合、お金持ちや権力者の大半は逃げ切っていますから無傷ですが、彼らの代償として大損するのは一般人です。例外もあるでしょうが、皆が危ないとわかっている時に経済危機が起きる可能性が少ないのは、確かだと思います。

不安定な自然と自然災害の関係

2013年に入ってからも天候がおかしかったり、自然現象がたびたび不安定に感じられます。自然災害を考える際、新たな大地震や富士山の噴火の可能性など、いくらでも気にすべき事柄が浮かんできますが、私が個人的に関心があるのは竜巻です。日本で非常に珍しい竜巻が今年に入って起き、そのせいで多くの被害が出ました。いかなる自然災害も可能性としてあり得る、という心構えを常日頃から持って、いざという時に備えるしかありません。おそらく、自然が不安定な原因は、人類の際限のない経済活動による結果だと私は考えていますが、もうそれを止める手立てはないと思いますし、いかに対応するかを考えるしかないでしょう。

日本が戦争に巻き込まれる可能性

国内で日本が戦争に巻き込まれる可能性について、本気で考えている人はまだ少ないと思われます。自衛隊と中国軍の単純な戦力比較だけで勝つか負けるかの議論はネット上でたくさん見ますが、実際は軍事力の差だけで戦争が始まったり勝敗が決まるわけではないのですから、そのような議論は限りなく無意味です。実際の戦争はゲームじゃない以上、相手の裏をかくような戦術は当然取ってきますし綺麗ごとは一切通用しません。

中国は恐らくこのまま日本と平和な関係を続けていこうという気はないのでしょう。十分な力を付けたら一気に攻勢に出てくる可能性もあります。残念ながら、中国に過大な経済援助を行い続け、その結果彼らに野心を持たせたのは日本人自身です。金持ち喧嘩せずという格言がありますが、万人に当てはまるとは限らないということを、身を以て知ることになるかもしれません。

最近インドでは中国の頻繁な挑発行為に対応するため、膨大な予算を使って5万人規模の兵士を中印国境沿いに配置するように決めました。インドは日本と異なり、自国だけでもいざという時は戦う覚悟が出来ています。一方日本は、アメリカの援護を前提にして常に対策を考えているように見えます。この覚悟の違いが、いざという時に結果を左右しかねない気がしてなりません。獅子搏兎(ししはくと)の心構えがなければ、無駄な犠牲者を出すことにもなりかねないですし、アメリカという物理的精神的支えが万が一失われた時、日本人は冷静に物事を判断できるのでしょうか?

実は他国の軍事力がどうとか相対的に難しく考えなくても、日本人全体が心身共に強くなればそれで十分戦術レベルでの国防になると思います。後は核などの戦略兵器にどう対処するかだけの話です。現状では、一部の人達や他国に自分達の安全や運命を深く依存しているがために、話がややこしくなっているのです。

まとめ

なぜ私が様々な分野を分け隔てなく学んでいるか具体的な説明はしませんでしたが、間接的にでも意図がご理解いただけたでしょうか?上に挙げたような事故や災害は、個人の平穏な生活を一瞬で変えてしまいます。それに対して私たち個人がどこまで対応できるのかを探究するのも、学問の一つだと思っています。

もちろん、常に障害に立ち向かうだけが戦術ではありません。時には逃げることも重要になるでしょう。しかし、逃げる際にも知識や技術が必要だったりします。自分の人生を自由闊達に生きるために、あらゆる選択肢を持っていたいものです。

おわり

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