カット野菜と中国産野菜の落とし穴

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野菜 キャベツ

今回、野菜について2つのニュースが気になりましたのでピックアップしました。元記事を読んでから、本文を読んでいただければと思います。

1.「実は薬品漬け!? 市販の「カット野菜」では栄養がとれない

2.「「買うのが怖い…」中国野菜は“化学肥料漬け” 農家は自家用と畑使い分け

1.薬品漬けのカット野菜について

薬品まずは、市販されているカット野菜が薬品漬けだということには心底びっくりしました。実は私も忙しい時には、たびたびカット野菜と惣菜を買ってきてそれで済ますこともあります。せっかく少しでも健康のためにとカット野菜を購入していたのに、ほとんど栄養のないものを今まで食べていたとなると、自分が滑稽に感じます。

確かに冷静に考えてみると、通常カットした野菜はすぐ萎びてきますから、パックに入ったカット野菜がいつまでも瑞々しく新鮮に見えるのはおかしいと言えばおかしいです。

特に記事内の「消毒液の次亜塩素酸ナトリウムは、胃酸と反応すると塩素ガスが発生し、発がん性物質になるともいわれています」という部分は気になりました。私は通常の人より免疫力が弱いですから、病気になるリスクも一般人よりは高いはずです。人一倍健康には気を付ける必要があります。理想は栄養のある食事を取り、十分な休息も取る必要があるんですけど、忙しい現在は中々そうもいきません。

他に記事中に「保存料や化学調味料の単体摂取なら安全でも、それらが混ぜ合わせるとどのような結果を生むかわからない」とありますが、これは食事に限定した話ではないと思います。農薬とかもそうでしょうね。

野菜を食べる目的は、栄養を体内に取り込んで健康を維持するためです。それなのに一番大事な栄養が野菜にほとんど残っていないのであれば、何のために購入するのでしょうか?中身がない皮だけのスイカを買いたい人はいるでしょうか?何か騙された気分になります。

2.化学肥料漬けの中国野菜について

キャベツ畑中国では農薬や化学肥料の過剰投与は当たり前で、さらに成長促進剤の使用など、農産物への安全性を脅かす事件が日常的に起きているのは有名な話ですが、それでも私たちは普通に中国産の野菜を食べています。

薄々わかってはいましたけど、中国の農家が売り物用の野菜と自家栽培の野菜で分けて育てているのは当然のことです。日本でも販売用と自家用に分けている農家がいることは聞いたことがあります。

彼らが農薬や成長促進剤をたっぷり使用した野菜を、自ら食べようとしないのは理解できます。周りの農家が皆やっているのに、自分の所だけ無農薬無薬品では商売にならないのでしょうから、責める気にもなりません。汚染された野菜を気にせず食べることができるのは、農作業の光景を見たことがない消費者だけでしょう。知らぬが仏とも言いますが、ものは言いようですね。

ちなみに鶏もいろんな薬品や成長促進剤が投与されているはずです。ウインドウレス鶏舎での鶏の飼育は、薬品の投与なしでは成り立たないですから、日本も例外ではないと中島正さんの書籍に書いてあります。詳しくは書籍レビューをご確認ください。

そもそも、自分たちの口に入る食料を他人に頼ることが間違っていると思うんですが、私の考えはおかしいのでしょうか。お金持ちの方は安全をお金で買えるから良いでしょう。誠実な農家の方にそれなりの対価を支払えば、安全な食料を手に入れることが出来ると思います。

問題は私のようにお金に余裕のない人たちです。安全な食料を手に入れたくても、実際収入以上のものを買うことはできませんから、どうしても安い食料に流れざるを得なくなります。

この件に関してはいくら国で検査を強化しても無駄です。私の言う無駄とは検査のコストが増えるから無駄という意味です。そのコストは誰が払うのかと言えば、国民であり消費者です。なんでもかんでもお金で問題を解決しようとすると、ドツボに嵌っていくと思います。

疑心暗鬼になりながら多額の費用を使って野菜の安全性を検査する位だったら、自分で有機栽培なり自然農法なりで野菜を作った方がはるかにましのように思います。自分で食料を作れば中国でどんな野菜が作られようが直接的には関係ないですし。

何で自給自足を推進しようと主張する政治家が出てこないのか、私には不思議でしょうがありません。お金にならない政策の実現は無理なんですかね。人々の健康はお金以上に大切だと思いますけど。

こういう考え方は個人的には嫌ですが、国民全体が心身健康であれば、それだけ医療費も節約できます。年々増え続ける莫大な医療費を減少傾向に向かわせるためには、国民が健康になる以外にありません。それと同時に、国民自身が基本的な医療の知識を身につけて、自分で治せる病気は自分で治すという気構えも必要だと思います。これらのお話は始めると長くなるのでここで止めておきます。

3.見た目を重視するか、中身を重視するか

どの本か忘れましたが、確か現代の野菜は栄養の含有量が昔の野菜と比べて少ないらしいです。たくさんの野菜を食べても栄養が足りず、ビタミン剤などの栄養補助食品で補う必要があると書いてありました。

一方、昔の野菜は自然に任せてじっくり時間をかけて栽培していたので、栄養も豊富だったとあります。今は促成栽培などで、野菜を大きくさせるために必要な養分を与えてできるだけ早く成長させます。栄養があるかどうかなんて消費者は知りようもありませんから、とにかく大きくて見栄えが良ければ買ってしまいます。

実は考察ページで書こうと思っていたトピックがあって、「人口的に巨大化させた野菜や、たくさん実のなる木を生み出す技術の意義」というタイトルなんですが、いずれ気が向けば書くかもしれません。

人だってたくさん食べ物を食べて栄養を取り続ければ巨大化します。しかし、それは肥満体であって健康体とは言えません。重力などの自然環境や体の組成を考えれば、理想的な身長や体重はあると思います。そこから大きく逸脱して、サイズを適正以上に大きくしようとすれば必ずどこかに無理が来ると思います。野菜だって同じでしょうけど、なぜ大きければ大きいほど良いと思うのか不思議です。

4.虫食いのない野菜

虫食いのない野菜お店で売っている野菜は皆見栄えがよくて形も均一です。そのような光景を見ると私は食べ物が工業製品みたいに見えてくるのですが、とりあえずそれは置いておいて、気になるのは葉物野菜なんかも虫食い一つなく綺麗なことです。

自分で野菜を作ってみればわかりますが、無農薬で野菜を作ると必ず虫にある程度食われてしまいます。虫食いがあるということは、視点を変えれば虫が毒見をしてくれているようなもので安全とも言えるわけです。

虫が全く食べないような見た目が綺麗な野菜がどこまで安全なのか正直気になります。先ほども述べましたが、農薬単体で安全かどうかを判断するのは意味がありません。いろんな化学物質を私たちは体内に取り込んでいるんですから、それらと総合的に考えて安全かどうかを考える必要があります。

5.自給農業の重要性

お金持ちは農家から野菜を購入し、貧乏人は食の自給を目指す

日本の農業に関してはいろいろ議論されていますが、私が思うに農家の方が商売で作物を作るのであれば、お金持ち相手に手間暇かけて安全な野菜を適正価格で売る方向に持っていったらどうかと思うんです。自分の健康を気にしていればお金に糸目は付けないでしょう。

一方お金を持っていない人たちは、効率性だけに特化されたどこの誰が作ったかわからないような野菜を安いお金で買うよりは、自分で野菜を作れるように社会全体で食の自給自足ができるような環境を推進、整備していくことが理想的だと思います。現状では食の自給自足は年金暮らしのお金に余裕のある人しかほとんど行っていません。

若者が自給自足を行いづらい原因は、日本や国際的な社会構造にも原因があるのですが、それらの原因を少しでも取り除いておかないと、後々大変なことになるような気がします。日本が他国に先駆けて真っ先に少子高齢化の世の中に突入しているので、諸外国のケースを参考にはできません。日本人自身で解決策を見出す必要があります。

私個人が自給農業を行いたい理由はお金の問題もあるんですが、その前にまずは生命として自分の食べ物を自分で取得するのは当たり前だと思うからです。農作業は学ぶことが多いですし、生きることがどういうことかを知る上でも重要だと感じます。

それと、お子さんをお持ちの方が自給農業を行う動機として、市販されている食べ物が信用できない、ということをたびたび聞きます。薬品漬けの食べ物を自分の子供に食べさせたいとは誰でも思わないのは当然です。

化学物質の体内摂取に関しては、科学的に証明されていませんが、アレルギーを誘発するなどいろいろ議論されています。しかし、誘発しているのは多分アレルギーだけじゃないと私は思います。世界的に先進国では少子化が進んでいますが、これは人の生殖能力自体が弱まっている可能性を私は疑っています。漢方のお医者さんが書いた本にも、最近の若者は元気がない人が多いから気になる、と書かれています。

いずれにしろ、お金持ちはお金で安全と健康を得て、貧乏人は自分で野菜を作ることで安全と健康を得ることが出来ます。これで国民皆がハッピーになると思うんですがどうなんですかね。

様々な生き方を許容する社会

そのためには、本人が望めば国が個人に対して食料を自給できる程度の畑を貸し与えることを、政策として打ち出せば良いのです。もちろん実行するにはいろんな障害が出てくるでしょうが、耕作放棄地はたくさんあるんですから不可能だとは思えません。

これを実行できれば一部の食糧費分の生活保護費は減らせると考えています。当然お金がなくて餓死する心配や人間関係のストレスが少なくなるわけですから心が健全になり、さらに農作業で体を動かすことにより体も健康になります。先ほども書きましたが、自給農業の実践によって間接的に医療費も減らせる可能性があると私は考えています。

経済大国という肩書はあきらめる必要があるでしょうが、その代り食料の自給率を上げることで災害などの非常時に強くなります。経済大国、技術立国、観光立国、福祉立国など、何かに特化したような国は想定外の事態に弱いものです。バランスの良い国家を目指した方が、長期的には国民のためになるはずです。

いくら最新鋭の戦闘機や護衛艦を揃えても、今の日本ではアメリカの支援なしでは自国を守りきることはできないでしょう。国防の要は物も重要ですが、人も同様に重要だと思います。

私が言いたいのは、お金持ちも貧乏人も等しく国民全員がそれぞれの人生を全うして生きるために、様々な生き方の選択肢を社会が用意しておくことが大切なのではないか、という事です。

多用な生き方の選択肢を与えることにより、結果的には生活保護費も減らし、医療費も減らし、そして自殺率も減ると思います。しかし、注意して頂きたいのは別に国の予算を減らそうとか、生活保護費を減らすことが主目的ではないということです。

6.一つの意見も受け取る側で意味が変わる

昔、取れ過ぎた野菜がトラクターで潰されているニュースと生活保護費の増大が国の大きな負担になっているというニュースを見て、生活保護費の支給の一部を食料で代替したらどうだろうと巨大掲示板に書いたことがあります。

その数か月後に一人の政治家が生活保護費を減らして物で支給しようと主張し始めたのを聞いて、正直ビックリしました。偶然かどうかは知りませんが、私が過去に主張していたことと全く同じだったからです。しかし、私とその政治家では主目的が異なっていました。

廃棄されるはずの食料を困っている人に配給すべきという私の意見は、あくまでも人を助けるためであって生活保護費を減らすことが主目的ではありません。

よろずの主張:
主目的:今まで廃棄されていた食料を、困っている人々に有意義に使ってもらう
望む結果:食料の配給で間接的に生活保護費の増大も減らせるかもしれない

政治家やその支持者達の主張:
主目的:生活保護費を減らすこと
望む結果:国家の財政負担を減らすこと

豊作というせっかくの自然の恵みを、資本主義の需要と供給の関係が無駄にしてしまいます。本来廃棄されていた食料で救われる人がいるということがまず大前提であって、結果的に生活保護費も少なくすることができるかもしれないという主旨で書いたのですが、その政治家や支持者たちは、あくまで生活保護費を減らす口実としてお金の代わりに食料の配給を行うべきという主張でした。

それ以降掲示板に自分の意見は書かないようにしているんですが、どんな意見も受け取る側の解釈次第だと思い知らされました。私の文章に長文が多いのは、自分の意図したことを極力他の方に誤解させないためでもあります。

掲示板にしてもツイッタ―にしても、2行や3行の短文ですと、こちらの意図とはまったく思いもよらない形で意味を受け止められかねないので、私にはどうもそれらのサービスは向いていないと感じます。

まとめ:

薬品漬けのカット野菜や化学肥料漬けの中国産の野菜から始まって、栄養の有無、虫食い野菜、自給農業の重要性、受け取られ方の違いなど話がいろいろ飛んでしまいましたが、農業の問題は幅が広く奥も深いので、とても一つの記事で書ききれるものではないと感じます。とりあえず思いついたものから書いたんですが、かえって伝えたいことをわかりづらくさせたかもしれません。

本記事のキーポイントは「自給農業」ということです。自然卵養鶏の中島さんにしても、発酵養鶏の笹村さんにしても、自然農法の福岡さんにしても、そして多分自然農の川口さんもかもしれませんが、皆さん自給自足が大事だと言っています。自ら食べる物は自分で取得するということが生物の基本だからです。現代の人間は、例外的に食料を一部の農家の方に依存していますが、これが食の大切さを見失わせ、多くの社会の歪を生んでいるのだと私は感じています。

おわり

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